2014年度の論文賞(2件)
青井隼人氏(東京外国語大学大学院/日本学術振興会特別研究員)
「宮古多良間方言における「中舌母音」の音声的解釈」『言語研究』142号(2012年9月)
[本文PDF] 宮古方言には慣習的に「中舌母音」と呼ばれる母音が広く観察され、この母音が聴覚的中舌性の他、摩擦母音性と調音的舌先性という通言語的に珍しい音声的特徴を持つことは以前から指摘されていたが、その音声的実態は未解明であった。本論文は宮古方言の下位方言の一つである多良間方言を取り上げ、この方言における「中舌母音」が舌端と歯茎および奥舌面と軟口蓋という、2重の狭めを持っており、中舌母音とは言えないという興味深い分析をおこない、これまで専ら舌先母音か中舌母音かが争点となっていた宮古方言の「中舌母音」論に新たな展開をもたらしたものである。これは言語類型論的にも高く評価できる。
また、音響分析・静的パラトグラフィーという2種類の器械音声学的手法を駆使し、具体的な根拠に基づく推論を平明な文章で展開した本論文は、話者数が限られている方言の音声学的研究としては最善を尽くしたものと言え、他の方言研究者にとっても大いに参考になるものと言える。
先行研究を批判する論の中には、若干の性急さを感じさせる箇所もあるとはいえ、それは今後追求すべきテーマを示唆するものであり、MRI分析の検討も含めてさらなる発展が期待される。
以上、本論文は通言語的に稀少な方言音声を取り上げ、器械音声学的手法を駆使してその調音の実態に迫った優れた論文であり、日本言語学会論文賞にふさわしいと判断される。
澤田淳氏(青山学院大学)
「日本語の授与動詞構文の構文パターンの類型化―他言語との比較対照と合わせて―」『言語研究』145号(2014年3月)
[本文PDF] 本論文は、日本語の授与構文における述語動詞の用法を本動詞的用法と4つの補助動詞的用法に分けるという形で授与構文の文法化の程度差をとらえる枠組みを提案し、この枠組みの有効性を韓国語・中国語・マラーティー語というアジアの3言語の代表的な授与構文との対照を通じて主張したものである。日本語の授与構文が他言語と比べてより文法化していることは従来から知られていたが、本論文のきめ細かな枠組みは、言語間の違いだけでなく、「くれる」構文が「やる」構文よりも文法化しているといった個々の構文間の違いも含めて、より精密なレベルでとらえることを可能にするものと言える。本論文ではさらに、「或る言語に或る授与構文があるなら、当該の授与構文よりも文法化していない授与構文もその言語にある」という形で、授与構文の文法化の階層が含意の法則に読み込み可能という興味深い仮説も提案されており、授与構文の類型論的研究に重要な貢献をなすものとして高く評価できる。
対象言語の選定や記述に多少の問題は残るとはいえ、日本語の授与構文の分析を類型論的分析にまで展開した視野の広い論考であることは確かであり、今後のさらなる発展が期待される。
以上、本論文は日本語の授与構文観察を出発点として、4言語の対照を展開し、授与構文の通言語的な枠組みと含意の法則仮説を提案するに至った労作であり、日本言語学会論文賞にふさわしいと判断される。
授賞式(第149回大会,11/21,愛媛大学)