Proto-Kherwarian の母音体系
長田 俊樹
従来,インドのムンダ語のうち Proto-Kherwarian (PK) の母音は7種とする説が有力であった。筆者は母音の対応を詳しく検討し,PK の母音は7種ではなく,5種であったと考えたい。
Kherwarian 諸語は Santali と Mundari-Ho Group に大別できるが,ここでは Santali (S) と Mundari (M) の比較によって PK の母音を再構する。まず,Santali と Mundari の各母音体系をあげると次のようになる。
S (Pinnow: 1959) | /i, e, ɛ, a, ə, ɔ, o, u/ |
M (Cook: 1964) | /i, e, a, o, u/ |
Santali と Mundari には次のような母音対応がみられるが,Pinnow (1959), Zide & Munda (1966) らはこれらの対応から,次のごとく PK の母音を7種たてている。
しかし,筆者は彼らの説とは異なり,上掲 Osada のごとく,PK に5母音をたてる。ここでは,問題となる
Se:
Mi,
So:
Mu の対応についてのみ議論したい.従来は,
Se:
Mi には PK *e (*ɪ) を
So:
Mu には PK *o (*ʊ) をたてたが,筆者は PK *i, *u が Santali で split を起こし,Santali e, o となったとみる。この split は以下の音韻変化として説明できる。(1) 低母音 a への順行同化。 PK *hasu >
Shaso,
Mhasu 'sickness'. (2) 低母音 a への逆行同化。 PK *sirma >
Sserlna,
Msirma 'sky'. (3) Glottal stop に先行する u の lowering. PK *khu ʔ >
Skhoʔ,
Mkuʔ 'cough'. (4) CVCV における u の lowering. PK *huɽu >
Shoɽo,
Shuɽu 'paddy'. (5) PK *CV
hCV
mC (V
h: 高母音,V
m: 中母音)における Santali の逆行同化,Mundari の順行同化。PK *tirel >
Sterel,
Mtiri 'ebony! 但し,これらの音韻変化の内,(1), (2) について,CVCVC
C (C
c: checked consonants) の語形では a への同化は起らなかった。また,この同化は二音節形態素にのみ起った。(5) については,19世紀の資料 (E. G. Man: 1867) に Santali buge があり,buge > boge の音韻変化が資判によって確認できる。