能動受動構文に関する一考察

熊谷 滋子

今回の発表では,能動受動動詞(以後,能受)が,動作主役の不在という点で対応する他動詞と決定的に違っていることから,語彙的立場に立って分析していくことが有効であることを示す。さらに Zubizarreta (1982) に基づいて,これまで提唱されてきた主要部からの主題役 (thematic role) 付与に加えて,非主要部からの付加的主題役付与により,能動受動文の容認可能性が説明されることを示す。
まず,能受において動作主役が不在なのは目的を示す不定詞,by- 句,さらに carefully などの様態副詞と共起出来ないことから言える。これは,どのレベル (D-S, S-S, LF) の表示でも,語彙から投射されたものが保持されなければならないという projection principle から,能受が語彙部門において動作主役を削除していると考えることにより,動作主役の不在がどのレベルでも保たれているといえる。
次に,修飾関係を明確化した Zubizarreta (1982) に基づいて,能受が主語に関する property reading として機能するのに付加的主題役 (adjunet th-role) が必要であることを示す。付加的主題役は,主に形容詞,副詞(時に法助動詞)から表層の主語などに与えるもので修飾関係によって定義づけられている。この主題後は,Th- 基準には抵触せず(見えない),LF レベルでのみ付与される。能受では,副詞や法助動詞をとる(全て動作主役を義務的に与えるものではない)と,文全体の容認可能性が高くなるということから,これらの要素が付加的主題役を主語に与えることにより,property reading に必要な条件(修飾語句の存在)を満たしていると考えられる。容認可能な文は,付加的主題役を付与されているものであり,修飾関係が存在することにより property reading として認められることになる。