右方転位とフランス語/イタリア語の接語 EN/NE との関係について

ジョセフ エモンズ (神戸松蔭女子学院大学)

フランス語/イタリア語は,スペイン語/英語とは異なり,「右方転位」の自由度が大きい.Abney の構造 [DP D-NP] に即して言うと,フランス語/イタリア語の NP と不定 DP は,PP と同様に,右方向に転位することが可能である.VP の右側の転移された付加語 @ は,一般に,再述接語代名詞 (resumptive clitic pronoun) を束縛する.PP, NP,不定の DP の場合のように,@ が de/di 'of' によって導入される場合には,再述接語は en/ne となる.スペイン語はこのような接語をもっておらず,接語はすべて確定 DP に関連付けられている.

接語の en/ne は,しばしば,DP の中の XP に関連付けられるように見えることから,先行研究では,接語が V に付加されるために「上昇する」とされてきた.しかし,Kayne と Milner は,@ の右方転位は en/ne の生起よりも広汎に起こることを示している.@ が PP の中に生成されるか,確定の DP を指すときには,en/ne は生じない.前者の場合には,下接の条件により,@ は V の補語を越えて移動することはできない.

本稿では,無形の @ (=NP, DP, PP) は自由に右方に転位できると主張する.すなわち,フランス語/イタリア語では,@ が有形であっても無形であっても,[VP [VP V…ti…] @i] が en/ne のすべての起源であると主張する.したがって,言語に依存するアドホックな接語上昇を仮定する必要はない.むしろ,フランス語/イタリア語の比較的自由な右方転位という事実は,ロマンス語の接語に関する一般的な「同一節内」条件により,フランス語/イタリア語には en/ne があらわれること,およびスペイン語には対応するものがないことを正しく予測するのである.

動的状況

クリストファー・タンクレディ (東京大学)

この論文では数量化表現と確定記述が,先行する語と照応関係にあるという解釈についての分析を提案している.論文中では先行する二つの分析をまず検証する.その二つの分析とは,一つは Kanazawa (1994) に具現化された Groenendijik and Stokhof (1991) の動的束縛理論による分析に基づき,もう一つは Heim (1990) の E-type 代名詞による分析に基づいている.このどちらの分析も照応的 QP/DP の問題には直接言及していないが,どちらの分析を拡大してもこの問題を充分取り扱える.しかし,動的束縛理論による分析のみが,観察される様々な前提を説明することが出来る.結論として,言語の中で観察される照応関係の全ての範ちゅうを説明するのに動的束縛が不可欠であること,さらに代名詞を E-type とする解釈の方法は先行詞を文脈中に補うという談話的ストラテジーに置き換えられることを提案する.

The (in)compatibility of the perfect form with adverbials of definite time position in English and Japanese

Naoaki Wada
(Ibaraki University)

The purpose of this paper is to explain why the English finite present perfect form cannot go with adverbials of definite time position (DTP adverbials) such as yesterday or three days ago, while one of its Japanese counterparts, i.e. the -te-iru form, can. It is demonstrated that the difference in tense structure between English and Japanese predicates, together with a certain constraint concerning the compatibility of tense forms with DTP adverbials, gives rise to the compatibility difference at issue. The proposed constraint states that the A (bsolute tense) -component, which is associated with the tense morpheme accompanying finite predicates, and the R (elative tense)-component, associated with the event time of the relevant situation, cannot both be p(osition)-definite. Thus, the English finite present perfect form, which by definition contains the A-component that is inherently p-definite because of the definiteness of present time, cannot occur with DTP adverbials whereby the R-component is rendered p-definite; on the other hand, the -te-iru form, which consists only of the R-component, can occur with DTP adverbials. This same reasoning can account for not only why both the English pluperfect and its Japanese counterpart -te-ita are compatible with DTP adverbials, but also why the -ta form, which is said to serve as another Japanese present perfect form, is compatible with the same kind of adverbials.

ラ行音の獲得

上田  功 (大阪外国語大学)
スチュアート ディビス (インディアナ大学)

日本語において,ラ行音は獲得が比較的遅れるとされ,獲得初期に観られる音の置き換えは,多くの記述的研究で取り上げられている.それにもかかわらず,ラ行音獲得過程が,音韻論の立場から分析されることはほとんどなかった.小論の目的は,この日本語のラ行音の獲得過程の代表的なタイプに注目し,これを最適性理論から考察することにより,この現象に合理的な説明を与えるようとするものである.

最初に,獲得のもっとも初期の段階のラ行音の音置換データを概観する.次にこれを最適性理論で分析した先行研究を考察し,音置換は,3 つの音韻制約に基づいて記述されることを論ずる.そして,ラ行音の獲得は二種類の異なった過程を経るが,これを段階的に検討していく.この二種類の獲得過程は,音韻発達の途上において,3 つの制約が,異なったパターンを示しながら上昇・下降し,これらのランキングが変化していく動的な過程であると結論する.最後に,いくつかの方言におけるラ行音の分布をを見ることにより,ラ行音に係わる音置換は,単に幼児期の音韻獲得にのみ関係するだけではなく,日本語の音韻体系そのものに深く係わる現象であり,これも音韻制約のランキングの相違に訴えることで説明しうることを示唆する.