フィンランド語の他動詞派生使役動詞を用いる使役構文 (MC) について,被使役者を表す名詞句 (Ce) の統語的な位置付けを検討した.MC では,Ce の斜格の名詞句(接格)として現れる.発表では,Ce が文法格をとる分析的使役構文 (AC) を比較対象に,Ce の現れ方を調査し,以下の2点を指摘した: 1) MC は AC に比べ Ce を表層に表さない傾向が強い; 2) Ce が現れない場合,MC の Ce は常に不定である.一方 Ce のない AC では,用例の半数以上で Ce にあたる対象の特定が可能である.2点は共に MC の Ce が随意的な要素であることを示している.従来の類型論では,Ce は使役構文の項であり,使役構文では元の文に比べ動詞の項が1つ増加すると捉えられてきた.この解釈は,少なくともフィンランド語の MC には妥当ではない.フィンランド語の事例は,使役のマーキングと項の増加のプロセスとは分けて考えたほうがよいことを示唆する.