文脈指示の「その」は非指示的で,意味解釈に導入された変項を導入する数量詞である.そして「この」は「話し手にとって指示的」な同定詞である.本研究では,文脈指示における二つの指示詞の言い換えについて,上のような仮説をたてデータを観察することで,その妥当性を検討した.先行詞が固有名詞である場合や「話し手にとって指示的」な名詞(句)である場合などは「この」の使用ができるが,非指示的で,変項を導入する名詞は「その」が使用されている.また,両方が使用できる環境では,先行文脈によって対照が唯一的に決定されている場合である.本研究では,記述的に言われてきた現象への統一的説明,指示詞研究の統語論からの研究への可能性を示そうとした.