ムンダ語のある種の動詞(経験的動詞と呼ぶ)において,二つの構文がある.前著では,それぞれ直接主語構文と与格主語構文とみなし,隣接するインド・アーリアンやドラヴィダとの共通する言語領域特徴と考えた.しかし,ムンダ語には主語と目的語の形態論的区別はなく,与格主語構文とみるのは明らかに誤りである.そこで,統語論的視点から新たな分析を試みる.まず,経験者 (Experiencer) と刺激 (Stimulus) というタームを導入する.すると,この二つの構文の違いは経験者が主語の位置にくる場合と経験者が目的語の位置に現れる場合である.したがって,前者を経験者主語構文と呼び,後者を経験者目的語構文と呼ぶ.この概念は,Croft (1991, 1993) が心理動詞の類型論的分析の際に用いたもので,通言語的な一般化とムンダ語の分析が合致している.また,ムンダ語の経験者目的構文がインド・アーリア諸語の与格主語構文と異なる点も,この分析から明らかとなる.