トク・ピシンにおける限定・逆説表現について
―語用論的考察―

井上 彩(東京大大学院)

パプア・ニューギュアの公用語であるクレオール語トク・ピシンにおける不変化詞 tasol は,限定詞としての機能と逆説接続詞としての機能を兼ね備えている.本研究では,トク・ピシンの共時的資料を分析することによって tasol の意味・機能の変化について考察する.

tasol は語彙供給言語である英語の that's all という表現に由来するが,元来限定の意味・機能であった tasol が逆接の意味を獲得していった動機としては,(1) フォーカス部に後続する位置に現れる tasol が節全体にそのスコープを広げたとみなされ,文全体の統語的境界の再解釈が起こったこと.(2) 限定詞を用いた文と逆接文とは語用論的に等価の陳述となる場合があること.の二つを指摘することができる.このうち (2) は,限定表現と逆接表現とが通時的,通言語的に緊密な関係にあることを説明しうる重要な要素の一つであるといえる.