古典シリア語における,いわゆる倫理与格の機能について

楢崎 勝則(京都大)

古典シリア語には非分離前置詞ラーマド l- が存在する.そのラーマド l- を用いて,印欧語とは異なる「倫理与格」という言語現象を示す.その現象の機能は諸説あり,もっとも新しいものは Joosten (1989) である.彼はED defines ... entering into the state associated with the verb という仮説を立て実証を試みた.しかし同じギリシア語の訳に対して倫理与格の現れる場合と現れない場合がある.そこで発表者は新たに次の四つの仮説を提出した.
仮説1: 倫理与格は文脈上,言表事態と発話者または記述者との関係の緊密性を示す
仮説2: 倫理与格は,主語の取り立て機能を有する
仮説3: 主語の特異性が倫理与格の出現に関与する
仮説4: 倫理与格は方向を示すラーマドの本来の機能の言語化である可能性を持つ

以上の仮説をもとにシリア語新約聖書で調べると,かなり説明できることが分かった.