ウォロフ語の母音,その言語学的および歴史社会心理学的考察

梶 茂樹(東京外大AA研)

ウォロフ語は,セネガルのほぼ唯一の国語であり,アフリカではよく研究されている言語の一つである.しかしながら,私は1996年と1997年にウォロフ語レブ方言と一部,カヨール方言とを調べたが,その母音体系は一般に言われているウォロフ語の体系とは大きく異なるものであった.一般に言われているウォロフ語の母音体系は (1) の様であり,そして私の調べたものでは (2) の様である.

(1) 今まで言われてきた母音体系
a. 短母音b. 長母音
i=[i]u=[u]ii=[iː]uu=[uː]
é=[e]ë=[ə]ó=[o]ée=[eː](ëë=[əː])óo=[oː]
e=[ε]a=[ʌ]o=[ɔ]ee=[εː]oo=[ɔː]
(à=[a])aa=[aː]
(2) 私の調査による母音体系
a. 短母音b. 長母音
i íu úii ííuu úú
ë ë́o óee ééëë(ë́ë́)oo óó
a áaa áá

ウォロフ語では,いわゆる ATR (Advanced Tongue Root) が重要な役割を果すのであるが(私の表記では +ATR 母音は ́ で記す),これが今まで十分理解されてこなかったことが,誤った分析がまかり通ってきた大きな原因である.現在の正書法で区別されるのは é (=/e/) と e (=/ε/),そして ó (=/o/) と o (=/ɔ/) およびその長母音の中高母音のみである.これらは,フランス語にも似た母音があることから,実際は ATR による区別であるにもかかわらず,口の開口度(あるいは舌の高さ)の問題と見てしまったのである.これには,ウォロフ語の科学的研究の端緒をつけたと言われるフランス人の記述に中高母音以外の区別がなかったことも関係している.