日本語の擬似間接受身文について

平田 一郎(山形県立米沢女子短期大)

日本語には対応する能動文のある直接受身文に加え,対応する能動文のない間接受身文が存在する.間接受身文は(1)のような自動詞からも,(2)のような他動詞からもつくることができる.

(1) 私は妻に去年死なれた.
(2) 田中さんは,息子さんにノーベル賞を受賞された.

ここで,他動詞を取る間接受身文の例として,次のような文があげられることがある.

(3) たかし君は,先生に作文をほめられた.

(3)の受身文(本発表で擬似間接受身文と呼んだ受身文)は,主語の名詞句が語幹動詞の目的語の名詞句と何らかの意味関係を結んでいる,という点で,(2)の受身文とは異なっている.本発表では,(3)のような擬似間接受身文が,(通例の仮定に反し)間接受身文ではなく,直接受身文である,ということを寺村 (1982),Langacker (1982, 1987, 1993, 1995)で提案された認知的意味記述をもとに明らかにしようと試みた.はじめに,(3)の擬似間接受身文が,(4)の能動文と対応しているということを意味的,および統語的特徴から示した.((4)の能動文では,(3)の主語名詞句が,目的語を修飾する所有格名詞句として現れている.)

(4) 先生は,たかし君の作文をほめた.

次に,寺村 (1982) の受身文の「舞台」モデルとLangacker (1993)で展開された言及点 (reference point) という概念を用いて,日本語の直接,間接,擬似間接という3種類の受身文の意味を記述した.この意味記述から,擬似間接受身文が「舞台上の主役 (trajector) の転換」という認知意味論的機能を対応する能動文に対して果たしている,という点で直接受身文と同様の働きをしていると主張した.