本発表では先ず,日本語の所謂動詞の「自他」の対立形式について通時的,共時的に一貫した体系を提示する.次にその体系と所謂「受身」,「使役」の「助動詞」との関係を明らかにし,結論として両方に共通している,形態と意味との有契的関係を実証する.
史料によって確認し得る最古の段階で既に存在する,動詞の「自他」の対立形式を検討すると,項構造を統一的形態素で標示し記憶の負担を軽減しようとする動機から,話者が言語運用を通じて記憶効率の良い形式を順次開発し,個々の動詞に適用していった形跡が窺われる.最も根源的には活用の差異が項構造の差異を標示しており,/r/と/s/の二子音の対立が一部の動詞組に於て導入され,最終的に,一項動詞の標識として/ar/が,二項動詞の標識として/as/が,それぞれ独自にゼロ形態と対立する様文法化したと考えられる.現代語に於ける動詞の「自他」の対立形式は数多くの形式に分化しているが,本質的には,古代語に於て既に完成された体系が音変化を伴いつつ踏襲されたものとして体系化出来る.現代語に於て発達した二段活用の一段化は表面的には/e=r/の接続による活用変化として捉えられるが,それは弱活用の動詞語幹の必然的な音変化に過ぎない.
また所謂「受身」,「使役」の「助動詞」も,動詞の「自他」の対立形式から生じた,つまり,生産的な接続が可能な形態素として "(r)ar=φ", "(s)as=φ" が古代語に於て文法化し,それが動詞語幹と同様な音変化を経たものが現代語の "(r)are=r", "(s)ase=r" なのである.さらにそれ等の異形態である "(r)e=r", "(s)as=φ" についても,前者は中心的な形態素/ar/の脱落によって最も周辺的な「可能」の意味範疇が分化した異形態であり,後者は意味範疇を保持したまま/e=r/の脱落によって音が簡素化し,より高次に進展した文法化形態であると説明出来る.