日本語分類辞「-ホン(本)」の用法
―細長いから「本」なのか,「本」だから細長いのか―

飯田 朝子(東京大大学院)

日本語分類辞「-ホン(本)」は,エンピツや棒,紐,本などといったような形状が細長い事物を数える際に用いられる場合がある為に,“細長い”という事物の視覚的特徴を示す一種のマーカーであると思われがちである.また,これまでの分類辞の主な先行研究でも「1分類辞=1意味特徴」だという前提で研究が進められてきた.

しかし,「-ホン」の実際の用法は形状の細長さといったような単一の形状特徴だけで決定されているのではない.このことを検証するために,本発表ではメディアや広告,一般発話等で得られた「-ホン」の様々な用法を記述した.その結果,たとえ形状が細長くても途切れたり消耗する事物を「-ホン」で数えることはでぎず,また缶ジュースのような密閉された容器に均質的な内容物が入っている事物でないと数えられない例もあることから,数えられる事物の一貫性・均質性も「-ホン」の用法にかなり関わってくることが明らかになった.また,長短を言うことの出来ないスポーツの有益な打球を始め,電話では相手と話をした時点で「-ホン」で数えられる場合や,ニュースや情報の項目数,学生のレポート,論文,芸術及び文学作品,家具等の商品,電話の加入契約等の形状のない事物をも数えることができる場合も多々あるということから,「-ホン」は,形状を持たない有用な項目にも広く用いられる分類辞であると言える.更に,情報,作品,商品などの,それらを提供する側からのみ用いることができる「-ホン」の用法が多々あることも指摘した.

日本語分類辞の「-ホン」の用法を決定しているのは,“細長い”という特徴だけではなく,一貫性・均質性・有用性などといった,事物の持つ複合的あるいは抽象的意味特徴であると考えるべきである.従って,これまでの「1分類辞=1意味特徴」とする分類辞研究での前提は妥当ではなく,分類辞カテゴリーも一般カテゴリーと同じ意味構造を特つと考えるべきである.