日本語では,「魚を焼く網」(←網で魚を焼く)のように,主要部 (head) と連体修飾部の述語との間に格関係が認められる場合と,「魚を焼く習慣」のように格関係が認められない場合を統語的に明確に区別する二分法の分析(「関係節」と「同格節」,「内の関係」と「外の関係」)が主流を占めてきた.この二分法は,主要部と連体修飾部の述語の間の格関係を関係詞を用いて明示するタイプの言語にもとづくものである.日本語で広く用いられる「魚を焼くにおい」「魚を焼く傍ら」のような構文が二分法の枠組に収まりきらない事実は,従来,日本語の連体修飾構造の特徴とされてきた.
「関係節」であれ,「同格節」であれ,そのいずれともいいがたい構文であれ,日本語の連体修飾節が表層構造上はすべて同じ構文に見えるという事実をすなおに説明できない二分法による分析には,日本語の連体修飾構造の分析として,どこか不自然さがあったことは否めない.この意味で,語用論的な観点を中心に据えて,1つの連体修飾構造が文脈や場面に応じて,「関係節」「同格節」などに相当する解釈を受けるとする最近の分析は,それぞれのタイプの連体修飾節に別々の統語構造を想定することによって,その違いを構造的に説明しようとする従来の分析より無理がなく,すぐれていると思われる.
ロシアのボルガ川中流域を中心に50数万人の話者をもつウラル系のマリ語 (Mari, марий йылме) は,基本語順 SOV の後置詞言語で,従属節は一般に動詞の分詞形を用いて作られる.マリ語の連体修飾構造は,日本語の「魚を焼く網」「魚を焼くにおい」「魚を焼く習慣」「魚を焼く前」等々にほぼそのまま対応する構文が用いられるなど,日本語とよく似ている.本発表では,日本語の連体修飾構造の分析がマリ語の対応するデータの分析にかなりうまく当てはまることを示した.