ブヌン語(南部方言)には「場所」を表す形式に次の四つがある:(1)場所名詞句 (sia+NP) e.g. 'islughu saia sia tastas=tia. (rest Pivot. 3SG LOCactive waterfall=there)' S/he took a rest at the waterfall. (2) 前置詞(場所接頭辞 -sia)+名詞句. e.g. saia hai, 'i-sia tastas=tia 'islughu. (PV. 3SG CONJ at-LOC waterfall=there rest)'=(1)'.(3) 前置詞動詞(場所接頭辞 -sia)+場所名詞句. e.g. 'i-sian saia sia tastas=tia 'islughu. (at-SIAN PV. 3SG LOC waterfall=there rest)'=(1)'.(4) 場所動詞(場所接頭辞-語幹)e.g. 'i-lumah saia. (at-house PV. 3SG) 'S/he was home.'
(1) の場所名詞句は prepositional particle の一つ sia に導かれた名詞句で,つねに先行する動詞の dependent として現れる.四つの中では,一般に「前置詞句」と呼ばれるものに最も近い性質を持つといえる.それに対し (4) の場所動詞は,特定の種類の語根に動詞接辞(上の例文では i- 「~にいる」)が付いたもので,統語的・形態的にもこの言語で動詞と見なされるものと同じ振る舞いを示す.残りの二つ,前置詞(例文 (2) の 'i-sia)と前置詞動詞(例文 (3) の 'i-sian)も,空間における位置関係を表す点や complement NP を義務的にとる点では一般に「前置詞」と呼ばれるものに近いが,統語的には節の述語の位置に立ちうる点,形態的には接中辞の挿入により過去形が派生できる点など,動詞の性質もある.前置詞動詞と前置詞を比べると,形は語尾 -n があるかないかの違いだけで,表す意味は同じだと考えられるが,前者が pivot NP (従来 'subject','focused NP' などと呼ばれてきた名詞句)や enclitic particle を含む節で述語の位置に立ちうる(この点で場所動詞と並行的)のに対し,後者はそうした位置には立てない(この点で前置詞と並行的).pivot NP を含む節と含まない節で「前置詞」のようなものに形の交替が起こるというこの現象は台湾原住民諸語の中でも珍しく,ブヌン語における節の構造を分析する上できわめて重要な事実と考えられる.