中国語の官話系方言に特徴的に見られる語法のひとつに r 化がある.本発表で取り上げる山東省陽谷方言の場合,その形はいくつかの変異がある.
a: -r | kə | 鴿 | > | kər | ʂə | 舌 | > | ʂər |
b: l...r | tuə | 朵 | > | tluər | iε | 崖 | > | ilɛr |
c: -R | kən | 根 | > | kəR | kəi | 格 | > | kəR |
d: -ɭ | pʻi | 皮 | > | pʻiɭ | tuən | 墩 | > | tuəɭ |
a では反り舌音の r が付くが,b では更に dental の子音,あるいは介音 i, ü の後に l が現れる.これに対して c では r よりも舌尖が更に後ろに反り,少し上がった R が,d では反り舌側面音 ɭ が coda に現れる.
陽谷方言の r 化を説明するためには,r 化を起こす接辞がどのような構造をもつのか考える必要がある.本発表では,変異形の現れる条件,及び他の方言に見られる r 化形から,陽谷方言の r 化接辞は slot を持たない音であり,r 化を引き起こす要素は素性 [+back] であるとすることによって,妥当な説明ができることを示す.
r 化接辞が語根に付加されたとき,coronal をもつ音がある場合には [+back] が拡張してそれに結びつき,その結果二重調音をもつ単音の一部として l が現れる (tuə > tluər).coronal をもつ音が母音である場合 (i, ü) は二重調音になれないので,resyllabification が起こる (iɛ > ilɛr).また coronal の音が反り舌音のときは,spread は block される (ʂə > ʂər).一方,coda に coronal をもつ n, i がある場合には,r 化接辞が coronal node と結合したとき n, i が消え,残った slot に r 化接辞の素性が入って R が現れる (kən > kəR).さらにこれと同じ条件で,coronal をもつ音が他にある場合,r 化接辞に coronal が spread して ɭ が現れる (tuən > tuəɭ).