過去時制・完了相を表す“完了形”に,不変化詞 qad が前置した qad+“完了形”は従来,「近接過去」,「強調」,「事象の静態化」の機能をもつと分析されてきた.しかし,語りの地の文に用いられた場合,このいずれの機能によっても説明できないことが多い.本研究ではテクスト分析により,“完了形”は出現位置に制約がなく,継起的イベントを表すことを確認した.一方 qad+“完了形”の方は,テクスト冒頭に決して現れず,それ以外の位置で,結果状態や単独のイベント,または継起的イベントの最初のイベントを表している.しかも,継起的イベントの2番目以降のイベントには用いられないことから,本質的に,非継起的事象を表すと解される.さらに,qad+ “完了形”が用いられる場合は,先行内容に対する視点の転換がみられる.以上の分析から,qad+ “完了形”の談話機能は,「前提を必要とし,前提内容に対し視点を転換して,非継起的事象を表すもの」と考えられる.
この談話機能によって,文レベルでの qad+ “完了形”の頻出/稀出環境を説明できる.qad+ “完了形”が頻出する topic-comment 文や付帯状況文は,[前提]と〈視点の転換〉に対応する構造をもち,その際,qad は,[前提]と〈視点の転換〉を結びつける働きをしている.([前提]-〈視点の転換〉の例: [topic]-<comment>,[先行文のイベント]-〈付帯状況〉)
関係節は topic-comment 文と同じ構造をもち,関係代名詞を用いない場合は,qad+ “完了形”が頻出する.しかし,関係代名詞を用いる場合,qad+ “完了形”の出現は稀である.これは,先行詞と関係詞を結びつける関係代名詞の機能と qad の機能が重複し,qad が削除されるためと考えられる.また qad+ “完了形”は,時間副詞節に現れない.この場合は,時間副詞節の接続詞が,本来‘時’を意味する非限定名詞で,先行文等によって既に談話に導入された名詞(=語用論的前提)ではないため一つまり,前提が存在しないためである.