ハイダ語スキドゲイト方言の代名詞について

堀 博文(静岡大)

カナダ北西部のクィーン・シャーロット諸島スキドゲイトで語されるハイダ語スキドゲイト方言(系統不明)の代名詞の格には,作動者格 (agentive case) と目的格 (objective case) の2種がある(名詞には,格の区別がない).前者は,他動詞や自動詞の主語として現れ,後者は,他動詞の目的語や一部の自動詞の主語として現われる.即ち,自動詞には,主語が代名詞の場合,作動者格をとるもの(作動者格自動詞)と目的格をとるもの(目的格自動詞)があることから,ハイダ語は,「分裂自動詞性 split intrasitivity」を有するといえる.本研究では,分裂自動詞性を決定する意味的特徴を考察する.

目的格自動詞には,例えば,「良い,眠い,死んだ,冷たい,暖かい,強い,弱い」などがあり,一見したところ,状態や性質を表わすものが多いが,「座る,立つ,住む」など状態を表わすものであっても,作動者格の代名詞をとるものもある.結局,自動詞が作動者格と目的格のどちらの代名詞をとるかを決定する意味的特徴としては,ある状況を引き起こすということを表わす「作動性 agency」を想定するのが妥当であると考える.即ち,「作動性」を有する自動詞は,主語に作動者格の代名詞をとり,その特徴を持たない自動詞は,主語に目的格の代名詞をとると見なすことができる.

ところが,「作動性」という特徴だけでなく,その動作に対して自ら制御できるか否か,即ち,「制御性 control」という特徴も,作動者格自動詞と目的格自動詞の区別に関与する.とりわけ,「制御性」という特微か随意的であるような動詞(例えば,「げっぷする,あきらめる」など)は,代名詞が主語の場合,両方の格をとり得る.

「作動性」という意味的特徴が自動詞にあるかどうかだけでなく,「制御性」が随意的であるかどうかによって,主語となる代名詞の格が決定されるというのが結論である.