当発表では,ベンジャミン・リー・ウォーフの言語相対論における,思考を言語的なものという限定のもとに置く見解に着目し,従来の言語相対論の解釈の際に採られることの多かった,言語と思考が各々独立項として影響関係をもつという視点を超克し,言語を思考的機能という観点から考察する.
ウォーフの論述から,個別言語話者の思考形態は,言語パターンを構成する要素間の関係性から生起する「意味」に顕在する,という論理が導出できる.ここでいう要素間の関係性に宿る「意味」とは,語義等の構造的に規定される意味とは峻別されるものであり,ある要素を共起関係に置くことによって顕現し,共起の可能性/不可能性を決定する何らかの弁別素性であると考える.この現象を,多様な動詞と共起関係をもちうる up を含む英語の句動詞を例に,up と共起が可能な動詞,不可能な動詞を分かつ基準をどこに求めるか,という問題設定において検討する.sit up, stay up, come up, sidle up, turn up, stir up, bring up, break up, devide up, pack up, add up, use up, board up, shut up,tear up, live up 等,共起関係が可能な句動詞では,構成要素である動詞と up の各弁別素性が連動して多様な「意味」が発現し,共起関係が不可能な句動詞はそれらの欠如が特徴づけられる.この共起関係の可否に関与する各構成要素の弁別素性を問うための予備作業として,パターン構成要素の一方である動詞群に比して変数値が小さい up に照準を定め,up がいかなる弁別素性をまとって範列軸を構成し,共起要素に制限を加えるのかを考察する.方法論には,up の概念領域が形成される過程で原初的意味を拡張させ,概念体系を組織化していると予測される隠喩を扱う.隠喩において具現される多様な言語表現の背後にある概念体系を論ずることにより,言語の思考的機能の一端がより判明なものとなるであろう.