心理動詞「喜ぶ」,「悲しむ」等が伴う「に」名詞句は,例文(1)では,(i) 花子は父の成功がもたらすであろう何か別のことを喜んだ(「原因」)の他に,(ii) 花子は父が成功したことを喜んだ(「原因」かつ「対象」)の解釈も同時に可能である.また,この「に」名詞句は,いずれも出来事として解釈されている.一方,「を」名詞句を伴なった場合は,(i) の「原因」のみの解釈はない.
(1) 花子が父の成功に/を喜んだ.
同じ「を」名詞句でも「愛する」,「嫌う」等の場合は解釈が異なる.(2a) の「本」は,例えば,「本のプレゼント」といった出来事に解釈され,(2b) は「本というもの」という純粋な名詞に解釈されるのである.
(2) a. 太郎が本に/を喜んだ b. 太郎が本*に/を嫌った
本発表は,上記の解釈の違いは動詞の意味構造から説明できることを提案する.まず,「喜ぶ」は2つの下位事象 (the causing subevent と the central subevent) から成り,「原因」,「経験者」,「対象」の3つの変項を持つと仮定する.
(3) 喜ぶ: [[x DO-SOMETHING]i, CAUSE[yk STAY PLEASED WITH zi/j]
The causing subevent は「に」名詞句として実現され,ここから「に」名詞句の出来事的解釈が生じる.(3) の項に付いた指標は (1) の2通りの読みを表す.[x DO-SOMETHING] と z が別の指標が付くとき「に」名詞句は「原因」の役割しか担わないが,同じ指標のとき「原因」かつ「対象」の読みが可能になる.次に,「嫌う」は使役形がないことから,その意味構造は「経験者」と「対象」の2項だけを持つ.
(4) 嫌う: [x DISLIKE y]
(2b) の「を」名詞句が純粋の名詞句としてしか解釈されないのは,(4) の構造に使役関係と the causing subevent がないためである.