日本語の指示表現のタイプと推意

秋月 高太郎(尚絅女学院短期大)

自然言語の談話において,同一の指示対象がいくつかの異なった指示表現によって表されることはめずらしいことではない.たとえば,日本語において,談話に固有名詞で導入された人物が,以下の談話において,ゼロ代名詞,語彙的代名詞「彼/彼女」,指示詞+名詞「その人」,などで表されることがある.従来の研究では,これらの指示表現の使い分けは,話し手が仮定する指示対象への接近可能性 (accessibility) を反映していると仮定されてきた.Givón (1983)などでは,接近可能性を測定する客観的なスケールの一つとして,問題の指示表現からもっとも近い同一指示対象を表す別の指示表現までの距離 (referential distance) が提案されている.これらによれば,指示表現の音韻的な大きさ (phonological size) が小さいほど,接近可能性が高い(より近くに先行詞を求める)という原理が普遍的に存在するという.本発表では,日本語の物語スタイルのテキストにおいて,そのようなスケールからは接近可能性が高いとみなされるような場合に,語彙的代名詞,指示詞+名詞,裸名詞などがひんぱんに用いられる事実を指摘し,これらの表現の使い分けは,それらの指示表現がもつ語彙的意味の違いとそれから生じる推意(含意)から説明されることを示す.