新疆ウイグル自治区南部のタクラマカン砂漠周辺にいくつかの集落を作り暮らすエイヌ Eynu の人々(一般に Abdal と呼ばれる)は,周辺のウイグル族には理解できない秘密語を持つ.この言語,すなわち「エイヌ語」は,従来のイラン系の言語が周囲のウイグル語の強い影響により,基礎語彙を残してウイグル語に同化したものとされてきた.しかし我々が1997年と1999年に,互いに400キロほど離れた Šäyxil と Xenikänt の2地点で行った調査結果においては,「エイヌ語」の語彙に同化の程度の違いとして解釈できないほどの相違が観察された.本発表ではその特異な語彙を借用の結果とする仮説を提示した.借用説の有利な点は,「エイヌ語」語彙が語彙的な意味をもつ語のみを含む点を一般的な借用であることによるとして説明できること,語彙を供給する言語がイラン系言語以外にもある点を同化説よりは無理なく説明できること,などである.