日本語獲得過程における語彙範疇と機能範疇の発現順序

伊藤 友彦(東京学芸大)

語彙範疇 (N, V, A, P) と機能範疇 (I, D, C)はどのような順序で発現するのだろうか.

Radford (1990) は英語の獲得データに基づき,語彙範疇と機能範疇の発現順序について次のような仮説を提案した.

(1)NP, VP, AP, PPDP, IP, CP
(語彙範疇段階)(機能範疇段階)

これに対して Deprez and Pierce (1993) はフランス語など複数の言語獲得データに基づき,機能範疇は統語発達の最初から存在すると主張した.その結果,現在では Deprez and Pierce の仮説の方が少なくとも生成文法理論を基盤とする言語獲得研究者の間では広く受け入れられているようである.しかし,Deprez and Pierce (1993) には,1) 「統語発達の最初」の時期を明確に規定していない,2) 自然発話データを証拠としているにもかかわらず,自然発話の初期の発達的変化(一語発話期,二語発話期など)を考慮していない,などの問題が認められる. よって,Deprez and Pierce (1993) は,機能範疇が存在しない段階があるとする Radford (1990) に対する十分な反論になりえていない.発達的問題を論ずる場合は発話の発達的変化に関する事実そのものを十分に踏まえる必要がある.本研究では日本語の二語発話段階の自然発話データを分析し,次の仮説を提案した.なお,( )で囲まれた統語範疇は主要部から最大投射が不完全であることを示す.

(2)(NP, VP, AP)NP, VP, AP, PPCP
(IP)DP, IP

この仮説は,機能範疇が統語発達の最初から発現しているのではないと考える点で Deprez and Pierce (1993) と異なり,統語範疇は最初から最大投射範疇までの投射が可能な状態で存在するのではないと考える点で Radford (1990) とも Deprez and Pierce (1993) とも異なる.