中期英語の非人称構文には,天候や時間などを表す it を伴った構文の他に,現代英語には見られないような,論理的主語をもたず,三人称単数で用いられた非人称動詞による構文が存在した.その中でも本研究発表では,van der Gaaf (1904) が14世紀には一般的に再帰構文で用いられていたにも関わらず Chaucer だけが非人称用法で用いたように述べている動詞 remembren を取り上げる.
まず,Chaucer の作品に見られる remembren の再帰構文と非人称構文の出現頻度を調査し,van der Gaaf (1904) の検証を行う.次に,Kemmer (1994) 'Middle voice, Transitivity, and Elaboration of Events' 等をもとにして,再帰構文と非人称構文が提示する意味構造のどちらにも remembren があてはまることを観察し,当寺再帰用法で用いられていた remembren を Chaucer が非人称動詞として使えると判断し得た理由を考察する.
語順が確定しつつあった中期英語の大きな動きの中に,van der Gaaf (1904) が指摘したような非人称から人称への流れがあったが,その流れの中で古英語の非人称動詞群が表していた性質(判断や心の状態)が持つ自動性と他動性の度合いのあいまいさゆえに,時に大きな歴史の流れとは逆方向への流れと言ってよいものも見られ,それが Chaucer の remembren の非人称用法ではなかったかと考える.歴史的に非人称から人称へと進みつつあった時代に逆方向の非人称用法を使ってしまったために定着しなかったと思われる.