タイ語という言語は,「強勢の空き stress lapse」を回避しようとするリズム的性向を持っている.すなわち,強勢を持たない light syllable(音節構造 /CV/)が,強勢を持つ heavy syllable(音節構造 /CVV, CVC, CVVC/)の間に2つ以上連続した場合,複数の方策によってこのリズムパターンを回避し,「強・弱・強」というおさまりのよいパターンを形成しようとするのである.本発表ではそのための方策として,1) linker syllable の削除,2) light syllable に対する強勢付与,の2つを指摘する.
タイ語では,インド系形態素を組み合わせて複合語を作る際,しばしば形態素間に light syllable が挿入され,これによって複数の形態素が1語として統合されたことを示す.挿入されたこの light syllable のことを,特に linker syllable と呼ぶ.
しかし,複合語の後部要素が light syllable で始まるときには,この linker が表層に現われないことがある.これは,無強勢音節の連続を回避するため,いったん挿入された linker が削除されたものと解釈できる.
また同様に,形態素境界直前(+で表示)の light syllable に強勢を付与することによって,無強勢音節の連続を回避することも行なわれる.この強勢付与の起こりやすさは境界周辺のリズムパターンによって左右される.最も強勢付与が起こりやすいのは,"heavy light light+" という音節連続における下線部位置の light である.しかしこの音節連続を持つなかでも,第1音節が超重音節(音節構造 /CVVC/)であった場合は,それが通常の重音節(/CVV, CVC/)であるときと比べ,第3音節の light に強勢が付与される率はやや低くなる.本発表では,架空のタイ語地名を用いた発話実験によってこのことを確かめ,併せて「第1音節の強勢が第3音節へと複写される」という仮説を提示,これによってこの現象の解釈を試みた.