日本語の動詞の語彙的意味と文脈的意味をめぐって
―移動動詞を例として―

大塚 みさ(早稲田大大学院)

本発表では,日本語の語彙体系の把握を前提として,語の意味のとらえ方に関する見解を,具体的事例をもとに提示する.

語そのものが持つ意味を語彙的意味と定義する.語が具体的な言語表現におかれて,その語彙的意味にさまざまな情報が付与されることにより,文脈によって異なった意味であるようにとらえられると考える.このようにとらえられる意味を文脈的意味と呼ぶ.語は必ず何らかの文脈において用いられるという点を踏まえ,語彙的意味と文脈的意味の関係に着目しつつ,語彙的意味を追及する.

文脈によってさまざまな意味にとらえられる可能性が高い動詞のうち,移動行為を表す動詞47語について新聞から採集した用例をもとに,上に述べた観点から分析した結果を述べる.通常語の意味として直接観察しているのは文脈的意味だと考えられるが,そこからさまざまな情報を排除して行くことにより語彙的意味を抽出することが可能である.ここでは,主として〈が格〉〈を格〉〈に格〉等にくる語の属性を文脈情報ととらえる.

移動行為を表す語のグループは,語彙的意味として移動のしかたや特徴についての情報を持ち,〈が格〉〈を格〉〈に格〉等にくる語の属性によって,どのようなレベルでの移動であるのか,また移動の仕方の詳細などが決定されるという点で共通している.

語彙的意味と文脈的意味との関係から,類義語関係を導き出すことができる.たとえば「あがる」「のぼる」,「さがる」「くだる」「おりる」といった上下の移動を表す語や,「回る」「巡る」である.後者は,語彙的意味として持ちうる情報はかなり限定され,移動のしかた,焦点の置きどころに関する多くの情報を格による情報にゆだねるという点で共通している.