動詞の中心的意味と比喩的意味の関係
―日本語の「ナガレル」と「ナガス」を例として―
杉浦 滋子(東京大)
Lakoff and Johnson (1980) Metaphors we live by は,比喩 (mataphor) を conventional metaphor(慣習的比喩)と non-conventional metaphor(非慣習的比喩)とに分け,前者が特に意識されずに日常的に用いられるもの,後者は特殊な効果を狙った独創的な比喩であると主張している.日本語の「ナガス」という動詞を使った次の三つの例文を考察してみると,この区別が有用なものであることが分かる.
(1) バケツの水をナガシタ.
(2) 店内に迷子の案内をナガシタ.
(3) 若者が海の上にコーラスの声をナガシテいる.
(1) は中心的用法,(2)(3) は比喩的用法と感じられるが,(2) と (3) の間にも違いが感じられる.(2) は「日常的な」,辞書にも記述があるような比喩的用法,つまり慣習的比喩であるが,(3) は「非日常的」で文学的な,非慣習的比喩なのである.
本発表では,「ナガレル」「ナガス」という動詞の用例を検討し,それを踏まえて次の主張をする.動詞には,中心的用法にみられる中心的な意味要素のほかに,中心的意味から導かれる,あるいは「典型的に/通常」,中心的用法に付随して見られる付随的意味要素がある.中心的用法においては,付随的意味要素は実現されなくてもよい.それに対し,比喩的用法においては,中心的な意味要素は必ず一つは抑圧されるが,付随的意味要素は必ず一つは実現される.中心的な意味要素の中でも,比喩的用法において抑圧され得るものと,必ず実現されるものがある.また,中心的意味要素と付随的意味要素を比較すると,後者の方が行為者・観察者である人間の視点を色濃く反映している.