現代日本語には,連体修飾節内の助詞「が」が「の」と交替する「が・の交替」とよばれる文法現象がある.「が・の交替」は,連体節の「が」が久野 (1973) のいう「総記」の解釈を受ける時や,「が」が取り立て助詞に伴われている時には生起しにくい.
(1) [日本の中で一番 東京 が/??の 住みにくい]ことは確かだ.(総記)
(2) [日本人ばかり が/??の 責められる]ことは納得がいかない.
この現象は,下記の語用論的制約を設定することによって説明される.
(3) 連体節において「が」でマークされる主語名詞句が焦点化の対象となっているとき「が・の交替」は妨げられる.
「が・の交替」という現象の存在は,現代日本語において主格助詞としていわば「文」というカテゴリーを特徴づける助詞である「が」と,連体格助詞としていわば「名詞」というカテゴリーを特微づける助詞である「の」が,連体節という「文」と「名詞」のいずれの特徴ももった統語環境において接点を有していることを示している.また「が・の交替」は,「文」と「名詞」という一見極めて異なるカテゴリーが,「名詞性」の程度によって連続体(Ross 1973 のいう 'squish')を成していることをも示している.焦点化のような独立文に典型的な現象が連体節内で起こった場合,それだけ名詞性が低くなるため「名詞」を特微づける助詞である「の」が生起しにくくなるのであり,遂に「味のいいお茶」のような複合語的な連体節になると名詞性が高まるため,「文」を特微づける助詞である「が」が生起しにくくなると考えられる.
本研究ではさらに英語の従属性においても (3) のような焦点化に関わる制約が働いており,その制約が従属節の名詞化の度合いと密接に関わっていることを示した.