日本語の複合動詞にみられるメタファーの実現形式
メタファーは,Lakoff and Johnson (1981) 以来,source domain の構造に随する知識と target domain のそれとの間の体系的対応関係と理解され,人間の思考様式に深く関わる認知活動の1つと位置づけられている.これまで論じられてきたメタファー表現は主に,source domain の言語表現(語,句,文)によって target domain の概念を言語化するという形式(uni-domain 表現)で実現されていたが,本発表ではこれに加え,source domain と target domain の言語表現の両者がひとつの語彙項目を形成し,それによって初めて十分に target domain のある概念を言語化できるケースに注目する.特に,日本語の複合動詞を bi-domain 表現として取り上げ,そのメタファー的側面を検討し,Reddy (1979) の主張する導管メタファーの実現を例証する.
日本語において“コミュニケーション”は,英語同様,導管メタファーを介して概念化され,このメタファーは更に3つの対応関係に下位分類されることが示されている(野村 1993).同様の3種類の対応パターンは全て,以下のような複合動詞の形式にも実現されている.
(1) Language as a fluid(聞き流す,言いよどむ,言い漏らす,等)
(2) Language as discrete entities (言い落とす,聞きかじる,言い渡す,等)
(3) Words as a container (読み取る,見抜く,等)
source domain の言語表現が複合動詞の一部として使用される際,それが uni-domain 表現として本来持つ対応関係が複合語全体の意味に忠実には継承されず,ひとつの語彙項目として複合的意味を発達させている例も多い.
この点において2種類のメタファー表現の違いは,2つの domain の実現されうる言語単位の大きさの違いにとどまらず,従って bi-domain 表現を区別して扱う必要があると考えられる.