非対格仮説と琉球方言

本田 謙介(独協大大学院)

Perlmutter (1978) 以来,関係文法や生成文法で非対格仮説が重要な役割を演じてきた.当該仮説はヨーロッパ諸語のみならず (Burzio 1986) 日本語においても適用できることが明らかになってきた (Miyagawa 1989, 影山 1993).本発表では日本語の方言である琉球語のデータを観察し非対格仮説によって妥当な説明が与えられることを示す.

多くの琉球方言では,主格を表わす助詞が2種類存在する.そして非能格動詞は格助詞「ガ」を主格としてとるが,非対格動詞は格助詞「ヌ」をとると分析できる.なぜなら後者の主語には「動作主 (Agent)」を表わす名詞句はほとんど見られず,「対象 (Theme)」を表わすものがほとんどだからである.このことは諸言語における非対格助詞と同じ意味的特性を琉球語も共有していることを示している.さらに統語的側面も非対格動詞の特徴を示している.多くの琉球方言で主格の「ヌ」が省略されるという事実があり,喜界島方言では「ヌ」の代わりにゼロ格助詞が使われているという報告もある(松本 1982).久野 (1973) の観察によると,標準語において主格の「ガ」より目的格の「ヲ」が省略されやすいという.影山 (1993) は主格の「ガ」であってもそれが非対格動詞の主語につくのであれば省略され得ると主張する. よって琉球語の「ヌ」は非対格動詞がとる格助詞であるが故に省略可能であると言える.つまり標準語ではたまたま主格の格助詞が1つしか存在しないために非対格動詞か否かが形態的に区別できないが,琉球語においては「ガ」と「ヌ」の使い分けによって形態的に区別がなされているのである.

本発表は,「非対格」という概念を日本語も本来持っているという経験的証拠を提示するに留まらず,長年論争になっている格付与に関する理論研究にも重要な示唆を与えると思われる.