日本語の評価的文副詞を示す形態について
―「も」を中心に―

西川 真理子(甲子園大)

本発表の目標は,日本語の「評価的文副詞」の表示マーカーを,共時的かつ通時的に分析することである.ここで「評価的文副詞」と呼ぶのは,「命題内容に対する話し手の評価」を示すものであり,「幸い(にも)」・「残念ながら」・「惜しくも」・「不思議にも」・「うれしいことに」・「おどろいたことに」・「有り難いことに」などがそれに当たる.

まず現代日本語において,評価的文副詞の標示マーカーとしては,形容詞(形容動詞も含む)の連用形に接続して文副詞を派生させる「も」と,形容詞の連体形に接続して文副詞を派生させる「ことに(は)」の存在が認められる.「も」型はかなり生産性が低く,特に,イ形容詞においては,「惜しくも」などの例しかみられず,ナ形容詞においてもかなり数が限られている.それに対して,「ことに」型はかなり生産性が高く,評価的形容詞のほとんどがこの方法によって評価的文副詞化され,さらには,「困る」・「驚く」・「がっかりする」・「呆れる」などの動詞まで,その完了形「タ」に接続されることによって文副詞化されることが可能になる.このように,現代日本語においては「ことに」型の方が「も」型より圧倒的に生産性が高いといえる.

しかしながら歴史的にみてみると,古代日本語から近世日本語においては,「も」型の評価的文副詞しか存在しなかったのである.明治時代以降,「も」型から「ことに」型へ移行がみられ,昭和に入ると,「ことに」型の評価文副詞の急激な増加が見られる.それに伴い,そのほとんどが和歌や会話文にみられた評価的文副詞が,他の文で見られることが多くなった.

明治時代以降の英和辞典の評価的文副詞の日本語訳では,大正に入ってから「も」型の訳が見られるようになり,昭和50年代から「ことに」型がかなり見られるようになってきたが,依然「も」型の訳の方が優勢なようである.