過去形の使用に関わる語用論的要因
―日本語と朝鮮語の場合―

井上 優(国立国語研究所)
生越 直樹(国立国語研究所)

日本語の「タ」と朝鮮語の「-ess-」(異形態 -ass-,-yess: Yale 方式による表記)は,いずれも当該の状況を「発話時以前」の状況として叙述することを基本的な機能とするが,「動きや状態が知覚されている段階で使えるか否か」という点では大きな違いを見せる.

(1)[赤ん坊を見ていたら,たまたま笑い出した.笑っているのを見ながら]
あ,笑っ/??e, wus-ess-ta.cf. e, wus-nunta.(あ,笑う)
    笑う 過去    笑う 現在
(2)[容疑者のアジトに隠し部屋があるのを捜査員が発見した.その場から無線で]
地下に隠し部屋がありまし/??iss-ess-upnita.cf. iss-upnita.(あります)
  ある 過去 丁寧  ある 丁寧

日本語では「動きのたちあがり」や「状態の存在が判明した瞬間の断面」だけを(状況全体から切り離して)独立の状況として過去扱いすることができるが,朝鮮語では,状況はあくまでひとつのまとまりとして扱われ,状況が完結した,あるいは状況から一定の距離がおかれた段階で過去扱いされる.そのため,朝鮮語では,現に存在する状況を過去形で叙述できるのは,動きの継続過程には関心がない場合(例3),あるいは,知識を過去にさかのぼって書き換える場合(例4)に限られる.

(3)[なかなか笑わない赤ん坊を何とか笑わせようといろいろ試みた結果,笑い出した]
あ,笑っ./wus-ess-ta.(→「笑うか笑わないか」だけに注目)
(4)[聞き手に「今50キロです」と言われて]
(本当は)そんなに軽かっんですか?/kuleh-key kapyewess-eyo?
 そんなに  軽い 過去