タイ語で CV?/T という構造をもつ音節は light syllables (lt.) と呼ばれる.この種の音節は,きわめて声調中和を起こしやすいという点で,その他すべての構造の音節―heavy syllables (hv.)―と対立をなしている.
従来の研究では,lt. の声調弱化は複音節語内部の形態素境界(+)の直前で抑圧される,という指摘がなされていたが,今回発表者は,この要因のほか,当該音節前後のリズムパターン(= hv., lt. の組み合わせ)によって声調弱化率は左右されるという仮説をたててみた.そして仮説検証のため,さまざまなリズムパターンの複音節語を実際にタイ人被験者に読んでもらい,形態素境界直前の lt. の声調弱化率を調べた.
その結果,以下の知見が得られた.
1) 形態素境界の前に lt. が2つ以上連続する場合,境界直前の lt. には声調中和が起こりにくくなる.
2) hv. lt. + hv. という音節連続における2音節目の lt. は,形態素境界の直前にあるにもかかわらずきわめて弱化が起こりやすい.逆に hv. lt. lt. + という連続における3音節目の lt. は,形態素境界直前に位置する他の lt. と比較してもさらに弱化が起こりにくいことがわかった.これらの事実から,タイ語という言語には「強・弱・強」というプロトティピカルなリズムパターンのフォーマットが存在し,このようなパターンが音節連続に対し,あたかもタガをはめていくようにしてリズム的セグメンテーションを行なっていることがうかがえる.