ナラティヴにおける認知語用論の日英語比較
―叙述形式の分析―
櫻井 千佳子(日本女子大大学院)
本発表の目的は,同じ事象を語ってもらったナラティヴディスコースの叙述形式を日本語と英語で比較し,それぞれの言語において話し手が事象をどのように認識し言語化して伝えるかを明らかにすることである.具体的な調査方法は,Berman and Slobin (1994) のプロジェクトで用いられたのと同じ文字のないひと続きの2枚の絵について3歳から8歳までの日本語を母語とする被験者70人に物語を作ってもらい,そのナラティヴディスコースを Slobin らによる英語のデータと比較分析をした. データを叙述形式ごとに分類すると,日本語では8歳までの言語習得の段階で5段階に及ぶ叙述形式が習得されているのに対して,英語の同じ年齢層のデータでは,3段階しかみられないことが明らかになった.つまり,日本語では英語に比べてより複雑で数多くの叙述形式の体系を習得していると考えられる.
この結果をふまえて,各言語における叙述形式がどのような要素を伝えている文法範疇であるかを分析した.その結果,日本語のデータにみられた叙述形式の終助詞,「です」「ます」の敬体,アスペクト表現でもある「ている」と「てしまう」は,どれも命題内容そのものではなく,命題内容を話し手がどのように認知するかというモダリティーを伝えている文法範疇であると分析された.それに対して,英語のデータの進行形,受動態,完了形は,どれも事象の性質そのものに関わる命題内容を伝えている文法範疇であると分析された.
結論として,言語習得の初期の段階において,日本語話者は終助詞や敬体の使用によって modal な要素を叙述形式として言語化する傾向があり,英語話者は命題内容的な要素に限って叙述形式として言語化する頓向かあるのではないかという仮説が得られた.