モンゴル語には,複数を表わす接尾辞が数種類存在する.用例を観察すると,これらの接尾辞が接続する名詞の範囲が,シルバースティーンの名詞句階層に基づいていることが見てとれる.その中で,階層上位の名詞に対して用いられる傾向のある複数接尾辞 -nar は,そのほかの複数接尾辞とは異なり,同質的な複数と近似複数の両方を意味するという特徴があり,特に最上位に位置する名詞(人称代名詞,固有名詞,親族を表わす名詞)に接続する時には近似複数の意味で,相対的に下位の名詞に用いられる時には同質複数の意味に解釈されやすい,という二段階の階層性が見られる.
あわせて,この現象についてモンゴル語周辺の諸言語の状況を観察した.モンゴル語同様,近似複数を意味する接尾辞を持つ言語では二段階の階層があるという共通点と,接尾辞の適用範囲の多様性とが確認され,複数性の類型化の可能性と普遍的傾向の存在に対する主張を支持する結果となった.