中国雲南省西南部で語されるワ語(パラウク方言)の tiʔ という形態素については,従来「再帰代名詞」,「疑問代名詞」,「助詞」の3つに分けて別個に記述されてきた.本発表ではまず,これらが一形態素(「不定・再帰代名詞」)の統語的,語用論的環境によることを主張した.つまり「不定・再帰代名詞」は,統語的,語用論的条件により「不定」または主語と照応する「再帰」として機能するのである.
次に,tiʔ を生起環境毎に整理し直し,その機能について考察した.その結果,tiʔ はヴォイスの変換,譲渡可能性,複数動詞文のふるまいなどに関与していることが確認された.特に複数動詞文においては,tiʔ が補文を含めた様々な関係下で現れるが,tiʔ を「助詞」のような文法要素ではなく,上記のように代名詞と捉えることで,これまで等閑視されてきたこの構文の分析が可能になることを示した.