本発表では,孤立語型言語であるベトナム語の与格表現の有様について議論を行った.ベトナム語の与格を表示するためには,名詞の左端に cho という語が常に用いられ,先行研究で前置詞(介詞)と見なされてきた.しかし,cho の機能や言語化・非言語化を再検討し,与格の表現に用いられ得る他の内容語と比較した結果,cho が英語の「for」のような前置詞や日本語の「~に」のような格助詞の文法形式の性格を有しないことを指摘した.
形態変化がないベトナム語の与格は機能語ではなく,語と語の意味結合や内容語 cho 「与える」によって具現される.「Nam 「ナムさん」 gủ'i「送る」sách「本」cho「与える」 bạn 「友達」(ナムさんは友達に本を送ります)」のような文の統語構造は二つの単文から「凝縮」されたものであるという新たな見解を示した.基本的には他の格表現も同様な性質をもつため,ベトナム語のような典型的孤立言語においては格範疇が存在しないと言及した.