本発表では,孤立語型言語であるベトナム語におけるヴォイスが文法範疇として存在するか否かについて議論を行った.形態変化がないベトナム語では duoc [得る]と bi [被る]を動詞の形態と同様にヴォイスの範疇形式と見なすことができる立場もある.しかし,それらの語は高い語彙性を持続し,機能語としての性格は有しない.また,意味的側面から見ても,統語的側面から見ても,duoc [得る]と bi [被る]が出現する文を受動文とは考えられない.そのため,ベトナム語にはヴォイスが文法範疇として存在しないと指摘した.
「主語という範疇ないしは文法関係が確立されていない言語においては能動・受動の対立は認められない」という柴谷 (2000, p. 131) の指摘をベトナム語の分析で実証した.更に,逆の立場から考え,ヴォイス及び自他という文法範疇が存在しない言語においては主語という範疇ないしは文法関係が設定できないのではないかと提起した.