移動表現の類型と使役移動・視覚移動の表現

松本 曜(明治学院大)

世界の諸言語においては,認識された事象を文の構造に写像するパタンに関して類型的な対立がある.たとえば,移動事象の表現に関して,英語は経路を文の非主要部である不変化詞や前置詞で表現する非主要部(衛星)枠付け言語であるのに対し,日本語は経路を主要部の動詞で表現する主要部(動詞)枠付け言語であるとされる.しかし,これはすべての移動を表す表現において等しく言えることではない.たとえば,日本語の使役移動の表現では,(1) のように経路を非主要部で表す場合がある.また,(2) のような視覚に伴う抽象的な移動(視覚移動)を表す言語表現において,経路の情報は複合動詞後項(「上げる」など)が担っているが,この動詞は主要部として機能していない.
(1) 通りの向こう側にボールを投げた.
(2) 空を見上げた
この発表では,この原因として,経路を表す動詞という範疇の持つ文法的性質が考えられることを主張する.