チベット語から訳された仏典西夏語の諸特徴
―西夏文『聖勝慧彼岸到功徳宝集頌』を資料として―

荒川 慎太郎(日本学術振興会)

チベット語から訳された西夏文仏典『聖勝慧彼岸到功徳宝集頌』(以下,『集頌』)には一般の西夏文では見られない,各種助詞・形態素の特徴的な使用が確認できる.本発表では,このような仏典西夏語の諸特徴を考察した.

ロシア所蔵『集頌』は上巻に相当する部分がほぼ完全に残る.これとチベット語仏典で『集頌』に相当する『聖般若波羅蜜多輯攝掲』との対応を調査した結果,指示詞 1tha:, 2thI: の使い分けがチベット語の指示詞 de, 'di を正確に訳し分けたということ,一般に複数表示には用いられない 2ngwer(通常「数」を意味する)がチベット語の複数接辞,特に dag を訳出するため使用されること,一般の西夏文では見られない「格標識+主題標識 1ta:」という組み合わせがチベット語の「強調」の ni を訳したためであることなどが判明した.