本発表では,音声置換現象がみられた機能性構音障害の事例について異音に着目した考察を報告する.事例は一見したところ音素 /k/ が一貫して音声 [t] に置換していたが,異音に着目した観察により,音素 /t/ と音素 /k/ に対応して2種類の音声 [t1] [t2] を産出していることがわかった.異音に着目しない限り,周囲の大人にとっては,A児が産出面で区別している2種類の音声を聞き分けることは難しい.また,A児は /k/ に対応している音声が,大人の知覚範疇からすれば,[t] として知覚されている事がわからなかった.そのため調音を修正する必要性を理解していなかった.A児からいえば,大人の音声の区別も自分の音声の区別もできているため,音素体系に何の矛盾もなかったと推測される.A児の音声置換が長期化していたのは,/t/ と /k/ に対応して産出される2つの音声に関する大人との「知覚範疇のズレ」が原因であると考えられた.