岩手県遠野方言では、〈思い出し〉を表すモダリティ形式「ケ」が、「ある事態を過去に認識したこと」を表す用法を持ち、テンス決定に事態の認識時(CT)が関わる非動的述語や否定の場合に、〈過去〉を表すテンス形式のように使用される。
非動的述語の場合、共にCT が過去でも、(1)「早池峰山は高カッケヨ」のように、事態成立時(ET)が現在を含む、つまり、CT のみが過去の場合は、「~ケ」が用いられるが、(2)「*(死んだ)あの人は背が高カッケヨ」のように、ET が過去の場合は用いられない。
一方、否定の場合は、(1)だけでなく、(2)に対応する文でも「~ケ」が使用される。本発表では、この分布の違いを、事態の不成立を表す否定の場合には、ETが考えられず、常にCT のみが過去になることによるものとして説明した。
また、山形方言では、「~ケ」が(2)のような文でも使用できる、即ち、CT さえ過去なら、ET によらず用いられ、よりテンス形式化していることを指摘した。