ブヌン語(台湾、オーストロネシア語族)の南部方言では、代名詞語根に動詞命令接辞がついて動詞化するという現象が見られる。たとえば、zaku「私(1人称単数代名詞中立格)」に非動作主ボイス(従来の用語で対象焦点と呼ばれていたものに相当)の動詞命令接辞 -av がついて zaku-av「…するのは私にしなさい、私を…しなさい」という動詞が派生する。本発表では、この zaku-av のように代名詞語根から派生した動詞を「代名詞動詞」と呼ぶことにし、代名詞動詞についてわかっていることのうち、特に形態論(特に語根の人称・数の制限、および動詞接辞のボイスなど文法範疇の制限)および統語論(文における機能)について、記述言語学的な立場から述べる。
代名詞動詞の存在は、他の台湾オーストロネシア諸語ではまだ報告されていない、きわめて珍しい現象のようである。