クスコ・ケチュア語における抱合的な構造

蝦名 大助(東京大学大学院)

 クスコ・ケチュア語では,「名詞( ゼロ格) + 動詞名詞形」が1 つの統語的な単位を成すことがある. 本発表ではこの構造を「複合」と呼び, 抱合現象と比較しながら以下の点を指摘した. 複合の前部要素となることができる名詞には, 対応する文における i)目的語 ii)副詞的な語iii)自動詞主語 がある. i)に関しては, 従来目的語は名詞化節中において随意的に対格形かゼロ格形をとると考えられていたが, ゼロ格形の場合には「複合」を成していることが分かった. ii)に該当するのは副詞的な語のうち, 本来対格で現れ,行為の結果状態を表すものに限られる. iii)に該当するのは自動詞主語のうち行為の影響を受けるものに限られる. そしてi)~ iii)には行為の影響を受けるものを表すという意味的な共通性がある.複合が形成されると,格標示や人称標示といった,名詞と動詞との文法的・意味的な関係を明示する手段が失われる.